イエスのカリタス修道女会
 

修道会

会のヴィジョン

創立者たち

写真で見る歴史

修道院分布図

私たちの活動

教会活動

社会福祉

教育

医療

召命

シスターへの道

召命・練成会

スモールクワイア

コンサート出演予定

活動報告

CD紹介

イエスのカリタス友の会

友の会とは

入会しませんか?

援助申請

感謝のお便り

活動報告

イベント

海外宣教

使用済切手

エコキャップ

家庭のきずな

今週の聖書朗読

いのちのことば

リンク

海外宣教

宣教地マップ

宣教地ニュース

メールde相談

お問い合わせ

写真で見る歴史

 
 

[28] 太平洋戦争勃発 すべてをみ摂理に委ねて

 

真剣に祈る子どもたち


 毎年、12月8日の無原罪の聖母の祝日が近づくと、修道院も救護院も明るい雰囲気に包まれる。
1941年12月8日、この日も救護院の聖堂では、例年のようにマリア様の荘厳ミサがあり、皆は深い感謝と喜びのうちに夕方から始まる聖母行列の準備をはじめていた。志願者、修練者が中心となって、行列の準備は殆ど完了し、出発を待つばかりとなっていたが、様子がおかしい。
ちょうちんに火を灯す頃になっても、サレジオ会から神学生や司祭の姿が見えないのである。カヴォリ神父の話す表情から、何か重大事が起きたことを察した。

日本が第二次世界大戦に参戦、日本軍はハワイの真珠湾を奇襲したというニュースがはいったのである。日本は戦争に突入し、行列は一切取りやめになった。

この戦争が、発足したばかりの修道会と事業にどれほど大きな試練をもたらすか誰一人想像もできなかった。創立者が外国人であることによって、その苦難はより大きいものとなり、戦争が進むにつれ、修道会は大きな犠牲が要求されるのであった。

定期的に送られてきた外国からの寄附が一切絶たれた。一般の家庭でさえ、一日に三度の食事に事欠く時代が目前に迫っている中、救護院は未熟児の赤ちゃんから、食べ盛りの青少年、志願者、お年寄り、職員を合わせて二百余名の大所帯である。カヴォリ神父をはじめ、副院長のリヴィアべッラ神父、シスターマリア長船は頭を抱えた。
カヴォリ神父は、この危機を乗り越えるため、毎日のように県庁や市役所に足を運び、打開策を講じてくれるよう願ったが、無駄であった。戦争勃発によって、今は誰一人としてカヴォリ神父の痛切な願いに耳を傾ける者はいなかった。

カヴォリ神父は、聖母マリアと聖ヨゼフに全幅の信頼をもって祈ることを、修道者、修練者、志願者たち全員に頼んだ。そして皆で相談し、この事業は、補助金でなく、わたしたちの労働と神の摂理に対する信頼によって運営していこうと決意した。これまでお見捨てにならなかったあわれみの神が、今後もきっと守ってくださるにちがいないと、シスターたちは強い信仰の絆で結束を固め、すべてをみ摂理に委ねるのであった。

祈るのはシスターたちだけではなかった。小さい子どもも、イエス様のご像の前で「神様、シスターにお金をください」と祈った。子どもたちの真剣な表情は周囲の人たちの涙を誘うのであった。



  ◀◀ 前へ   次へ ▸▸