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![]() アントニオ・カヴォリ神父
(1888-1972) ![]() |
イタリアのリミニ教区の司祭であったアントニオ・カヴォリ神父は、第一次世界大戦で従軍司祭の経験を経た後サレジオ会に入会。1926年、ヴィンチェンツォ・チマッティ神父を団長とする9名のサレジオ会宣教師団の一員として来日。 宮崎教会において、初めは主任司祭のチマッティ神父の助手として、後には主任司祭として、社会の中で最も貧しく小さな人々に愛の手を差し伸べる教会活動を活性化。さらに神の摂理への深い信頼のうちに、身寄りのない老人や子どもたちのための総合福祉施設「救護院」(後の「カリタスの園」)を設立。 この愛の事業は、カヴォリ神父が結成したヴィンセンシオ会の女性信徒たちの献身的な奉仕に支えられていたが、第二次世界大戦の兆しが見え始めた1937年、上長であったチマッティ神父の勧めに従って「宮崎カリタス修道女会」を創立。 愛徳の事業を通してキリストの愛を全世界の人々に伝えるという使命に向けて会員の養成に生涯を捧げ、宣教地への派遣にも心をくだいた。 カヴォリ神父を修道会創立へ導き、窮乏や困難の中にあっても常に慈愛に満ちた父の心で忍耐強くその活動を支え励まし続けたチマッティ神父は、 その聖徳のゆえに教会において「尊者」として称えられてている。 |
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