宮崎カリタス修道女会
 

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2011年5月28日更新

東日本大震災被災者慰問コンサートの旅リポート

とうとう神様の愛の夢が実現しました。今思えば、わたしたちのような小さな道具を使って神様は少しずつこの計画を準備してくださったと思います。

大震災が起きて以来、ずっと願ってきたことがあります。それは歌による心の癒しの支援をお届けすることです。今まで、病院や老人ホーム、そして近年では医療少年院や刑務所で歌を歌わせていただきながら、歌とそれに込められたメッセージがいかに傷ついた人の心をいやす力があるかということ確信していました。しかしながら、震災の直後、水や食料、電気やガスといったライフラインを手に入れることで精いっぱいの時に、おそらく音楽に耳を傾けるなどといった心の余裕はなかったと思い、時が来るのを待っていました。ですからシスターたちが仙台にボランティアに行くたびごとに、現地の状態や慰問コンサートをする可能性をうかがっていました。それはちょうど、洪水のあと水が引いて、乾いた地が再び現れてくるのを待ちながら、箱舟からハトを放っていたノアのような気持ちでした。オリーブを加えて帰ってきた鳩を見て喜んだノア。オリーブの葉をくわえたハトが希望を告げ、箱舟の戸が開かれました。石巻で2週間ボランティアをされたシスター中田がいろいろな方の見解をうかがってくださり、「今が時である」ということを確信しました。確かにニュースでは連日のように避難所でのコンサートの様子が流れ、被災者が元気づけられる姿が映し出されていました。仙台サポートセンターの方や、石巻教会の会長さんなどが積極的に動いてくださり、1週間のうちに具体的な話が進んで行きました。そして最終的には、石巻教会にあるベースでお湯焚きをしている門脇中学校の体育館で歌わせていただけることになりました。ようやくOKが出たものの、どこを拠点にしようかと途方に暮れていた時、9人分の宿泊場所を 多少無理をしながらも寛大に準備してくださったのは、オタワ愛徳修道女会でした。わたしたちの滞在中、本当に親切に旅人をもてなして下さったオタワのシスターたちのことを考えると今でも熱いものがこみ上げてきます。

出発の前晩、公開リハーサルをし、本部のシスターたちの何名かに歌を聴いていただきました。コンサートのために集中して時間を取れたのはたったの一週間。練習初日は、(果たして間に合うだろうか)と不安がよぎりましたが、被災地にかける思いと熱意が 私たちの上達を超自然的に促進してくれました。

5月20日(金)朝10時にみんなの祝福の中で出発し、途中サービスエリアのベンチで姉妹たちが準備してくださったおいしいお弁当をいただき、最初の目的地である仙台教区サポートセンターには3時半ごろ着きました。責任者である小

松神父様にはあいにく会うことができませんでしたが、思いがけずセンター長である平賀司教様があいさつにいらしてくださり、わたしたちのこの旅の目的をお話し、イエスのカリタス友の会からの義援金をお渡しすることができました。そのあとネットで検索してきた地図にかじりつきながら宿泊先であるオタワ愛徳修道女会の管区本部に向かいました。修道院はそこから30分ぐらいのところで、小高い場所にひっそりとたたずんでいました。おいしい夕食までいただき、ともに晩の祈りをすることができました。祈りの後、シスターたちへの感謝のミニコンサートをすることにしました。真っ白な円形型の美しいチャペルは音響が大変よく、自分たちがものすごく上手に歌えているとの錯覚を起こしそうでした。修道院は無事だったとはいえ、ある意味でみんな被災者です。修道院も何日にもわたって電気や水が来なかったといいます。今でも浴槽に貯めたお湯はそのままにして、常に緊急時に備えているとか。そうしないと不安だとおっしゃっていました。そしてこの修道院は被災した近所の方々が支援物資を取りにいらっしゃったり、被災者を受け入れたり、支援者の出入りがあったりと地域に密着した駆け込み寺のごとくなっているので、わたしたちの歌を聴きながら様々な思いが交錯したかもしれません。涙を浮かべていらっしゃるシスターもいました。

 

翌日21日はどんよりした天気。朝1時間ほど歌の練習をしてから石巻へ出発。石巻はそこから高速を使って1時間半ぐらいのところでした。現地に着く寸前に立ち寄ったコンビニで衝撃を受けました。というのは、入ったとたん鼻につくヘドロのにおい。よく見てみれば、作業着を着た若い青年たちが多い。泥かきなどをしたあと弁当を買いに訪れた彼らの服に染みついた臭いが店内に充満しているということが分かりました。でもだれ一人として嫌な顔をする人はなく、それが普通のこととして受け入れられているのを見、むしろお店の人たちは元気のよい明るい声で応対しているのを見て素晴らしいと思いました。急いでお弁当を食べ、結構迫っていた約束の時間に間に合うように少々焦りながら目的地に向かいました。


石巻教会に到着し、主任の土井神父様と、信徒会長であり 今回のコンサートのために奔走してくださった阿部さんに挨拶して体育館に向かいました。いよいよ、体育館に足を踏み入れるときがきました。館内は静けさが広がり、なんだかとても身の引き締まる思いがしました。体育館の中央に近いところの多目的のスペースを提供していただき、そこにシンセサイザーを設置し、どちらを見て歌うかを決め、待機していました。始まる少し前に 私たちのコンサートの開始を告げるアナウンスが流れていました。わたしたちが緊張していてはそれが伝わってしまうので、歌う側も聴く側もリラックスできるようにとお互いに励まし合いました。わたしたちは輪になって小声で祈り、心を整え、いよいよ開幕となりました。初めに簡単なわたしたちの紹介

をしました。なんせ、シスターを見たことのない方もたくさんいらっしゃるでしょうし、しかも一度に大勢目にして、驚いておられるであろう方々の気持ちをお察ししながら、心をこめてお話ししました。何を歌ったかというと、1曲目は「Salve Regina」をイタリア語で。2曲目は「千と千尋の神隠し」の映画に出てくる「いつも何度でも」。この曲のメロディーは大変親しまれていますし、また歌詞がとても心を打ちます。3曲目はアヴェマリアをアカペラで歌いました。4曲目は「神様のぬくもりのしるし」、4曲目は「いのち」。この曲は歌うかどうかかなり迷いました。津波で身内を亡くされた方にはこの歌は悲しすぎるのではないかということで。けれども、生かされているいのちに感謝しようというメッセージをお伝えしようということになりました。歌っているわたしたちまで泣いてしまわないように、かなり覚悟と使命感をもって歌いました。体育館はとても広く声が拡散してしまい、おまけにところどころにある段ボールの間仕切りで声が食い止められて自分たちの声がどこまで届いているのかわかりませんでした。また、被災者の皆さんはそれぞれ自分の住まいの空間の中で聞いていらっしゃるので、果たしてどれぐらいの方が聴いていらっしゃるのかもはっきりとはわからない中でのコンサートでした。でも、一曲歌い終わるたびごとに拍手が聞こえてきて、(あ―、聴いてくださっているんだ)と思い安心しました。


最後に会場の皆さんもお誘いし、美しい石巻の町が一日も早く復興することを願って「ふるさと」を歌いました。一緒に口を動かして唱和してくださっている方、目に涙を浮かべている方、顔を両手で覆っている方もいました。すべて歌い終わってから、ご希望の方には「いのち」のCDをお配りしたいと思いますと告げると、あちらこちらから人が集まり、みんなで手分けしてお配りすることができました。「心が癒されました」とおっしゃる方、「CDすぐにでも聞いてみたいです」とおっしゃる方。受け取られる方々の表情は、微笑みながらも長引く避難所での生活での疲れが見てとれました。市の職員さんもすぐにCDを取りに来られ、「体育館で流したいと思います」とおっしゃってくださったことがうれしかったです。わたしたちが去った後も、わたしたちの歌声に癒され、いつもともにいてくださる神様のぬくもりを感じ取ってくださることを願いつつ体育館を後にしました。


そのあと石巻市の中でも一番被害のひどかった女川町に車で案内していただきました。案内してくださった方は再度ボランティアに来られたということで、女川の町の瓦礫が急速に片づけられていることに感動していました。その方がおっしゃるには、アメリカのハリケーン「カテリーナ」による被災後の復興はまだめどがついていないそうです。つまりは、どんなにお金や技術を持っていても、そこに住む人々の復興への思い、努力がなければ復興していかない。そういった意味で、日本人の復興にかける意気込み、協力、連帯意識は素晴らしいということでした。女川の町を見た後、石巻教会の裏手にある もと無縁墓地で今は身元不明、あるいは身元が分かってもまだ引き取られていない方々が仮埋葬されている場所に行きました。少し盛り上がった土の端に建てられている番号札がずっと並んでいるのを眺めながら、心をこめてアヴェマリアを歌い彼らの霊魂の安息のために祈り、石巻を後にしました。


最終日の22日。朝食をいただき、掃除片づけをしてとうとうお別れの時が近づきました。修道院のどこからでも見渡せる中庭で静かに雨にぬれるツタの葉。このツタの葉はオタワ修道会にとって意味があります。聖堂のステンドグラスにも十字架に絡まるツタが施されており、これは、“包み込むような愛”を表しているとか。ほんの短い滞在でしたが、まさにシスターたちの包み込むようなやさしい愛に触れて、素朴でありながら自然体で心の奥底まで届くもてなしをいただき、私たちも出会う人々をこのように受け入れることによって、これほどの感動を伝えることができるのだと肌で体験することができました。彼女たちの受け入れなしには、この慰問コンサートを行うことはできなかったことを思うと感謝にたえません。再会を約束し、修道院を出発しました。


向かった先は初日に立ち寄った仙台サポートセンターのある仙台カテドラル。9:30からの主日のミサにあずかるためでした。ミサには大勢の人が参列し、専属の聖歌隊がしっかりとリードする活気に満ちたミサでした。この日はちょうど復活の日に立ち上げられた東京ボランティアセンターによって東京教区から派遣された浦野神父様が初めてミサをあげられ、ミサ後彼の紹介もありました。仙台の教会の中心であるカテドラルでのミサにあずかりながら、特に沿岸に点在する仙台のカトリック教会の復旧を願って、みんなが心を一つにして祈って

いるということが伝わってきました。ミサ後は一杯百円のコーヒーコーナーに立ち寄って交わりの時をもち、最後に仙台サポートセンターに挨拶をしにいきました。このコンサートが単発的なものに終わることなく、これをきっかけにより多くの方たちの心の癒しに貢献できればと思っています。神様の小さな道具として…。