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愛の喜び

   

東京教区の田中昇神父様が、2016年に発布された使徒的勧告
Amoris Laetitia━愛の喜び━を(日本語訳未発行)
12回にわたって、解説をしてくださいます。
どうぞご一緒に深めて行きましょう。



第5回 素晴らしい贈り物・豊かな親密さ
東京教区司祭 田中昇
2017/8/1 更新


第4章 結婚生活における愛

第4章は、聖パウロの「愛の賛歌」(1コリ13:4-7)から出発して、結婚における愛について考察されています。はじめに、愛は忍耐強く決して高ぶらず、うぬぼれることなく物惜しみせず、ゆるし合い、互いの存在を喜びとする、信頼と希望へと導くものといった主題について語られています(91−119項)。結婚における愛とは何か? 教皇フランシスコは、これを「友好関係の愛」Amore di amiciziaと呼び、これが相互の愛、常に相手の善を求める心、秘跡において単一性と不解消性を相手の善益として求める心、大いなる友好関係に見られる慈愛caritasへと結びつける愛であると説明しています(127項)。「友好関係の愛こそまさに慈愛である」と教皇様が言うのは、こうした意味においてです。なぜなら友好の愛こそ、「私たちの眼を開き、すべてを超えたところで、ひとりの人間がどれほど価値あるものかを教えてくれる」からなのです。

そして本章では、これまでの教皇文書には見られなかった、配偶者相互の感情の領域、とくに愛の身体的な[エロス的]次元の精神性が深められています(133−150項)。教皇様は、夫婦間の性生活の重要性について、これを「素晴らしい贈り物」とし、「他者が持つ聖なる、不可侵の価値」に関わる「人と人とを結ぶ言語」であると強調しています。それゆえ、夫婦間の愛における性的な次元は、「認められた過ち、または堪え忍ぶべき重荷」などではなく、「夫婦となる男女間の出会いを美しいものとする神からの贈り物」であるとみなされるべきであるとしています。このため、本使徒的勧告『愛のよろこび』は、「あらゆる形態の性的服従」を拒否し、教皇パウロ6世が述べたように、「夫婦の一方が他方に押しつける夫婦間の行為は…真の愛の行為ではない」ことを再確認しています。

本章の内容は、いかなる理想主義をもよしとはしない、現実に営まれる愛の日常性を念頭に置いたものともいえます。「キリストと教会の間にある完全な一致を完璧に再現させるという絶大な重荷を限界のある二人の人間に負わせるべきではありません。そもそも、結婚というしるしは、『神の賜物を段階的に受け入れて完成させていくためのダイナミックなプロセス』だからです」(122項)と教皇は説明しています。同時に教皇は、「夫婦の愛そのものが、本性として決定的なものへ開かれているもの」(123項)であることを明確に強調しています。実に結婚とは、まさにこのような「喜びと苦労、緊張と休息、苦痛と解放、満足と探求、不快感と快楽の組み合わせ」(126項)に他ならないものなのです。
本章の結論として、章全体で取り扱われる夫婦の「愛の変化」について非常に重要な考察がなされています。「人生(寿命)の延長により、過去の時代では考えられなかった事態が起きています。親密な人間関係と互いに相手の為の存在という関係が四十、五十、六十年もの間維持されなければならないものとなっており、それによって二人は常に相手を選び続けることが必要となります」(163項)。確かに身体的な外見は変化し、愛情の魅力は減少しないかもしれませんが、変化はします。すなわち、例えば性欲は次第に、さらに親密な関係や「協力関係」への要求へと変化していくものとなることもあります。「一生涯、(初めの時と)同じ感情を持ち続けることは約束できないかもしれません。けれども、安定した共同生活の計画のもとに、死が二人を別つまで愛し合い、一致して生活し続けることなら約束できるはずです。これを通して豊かな親密さを夫婦は生き続けることになるのです。」(163項)

こうして教皇様は、若者たちに対して、結婚を人生の重荷や到達不可能な理想として恐れずに、「絶えざる成長の歩み」として捉えるように招いています。