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東京教区の田中昇神父様が、2016年に発布された使徒的勧告
Amoris Laetitia━愛の喜び━を(日本語訳2017年8月刊行)
12回にわたって、解説をしてくださいます。
どうぞご一緒に深めて行きましょう。



教会の家庭生活へのいつくしみ深い配慮
東京教区司祭 田中昇
2018/3/1 更新


 

 最終回は、少々長文になりますが、カトリックの信者の結婚・家庭生活への教会の配慮として、婚姻無効宣言訴訟、婚姻解消の手続き、別居許可、婚姻の有効化などについて解説します。

 主の教会は、困難な結婚生活・家庭生活を送る自らの子らに寄り添い、格別な配慮といつくしみの手を差し伸べる役割を持っています。特に、不幸な結果に至った結婚によって深く傷ついた信者の救済の一手段として、教会は歴史を通じて、つなぎそして解くというキリストから託された権能に基づいて、主の名のもとで婚姻の無効宣言ないし、婚姻の絆の解消を行ってきました。

1.婚姻の無効宣言訴訟制度
 婚姻の無効宣言は、破綻した婚姻が、そもそも神と教会の面前で正しいもの、有効なものであったかどうかを、客観的事実・証拠から確かめ、教会の法に照らして判定するもので司法権に基づく教会の任務に属するものです。具体的には、この任務を託された教会裁判所は、婚姻を無効とする障害があったにもかかわらず適法に免除されていなかったか(cf. cann. 1083-1094)、法律上の婚姻能力を有していなかったか(cf. cann. 1084, 1095)、あるいは婚姻の合意時に内的な意思に瑕疵があり合意そのものが欠けていたか(cf. cann. 1095-1103)、もしくは有効性に必要な方式を欠いていた(cf. cann. 1104-1105, 1108-1116)といった点を、申し立てられた各事案において婚姻当事者、関係者、関係資料から確かめます。婚姻訴訟は、婚姻そのものを都合よく無かったことにしたり、教会の裁判官の個人的な考えや感情によって審判を下すものでもありません。婚姻無効訴訟は、あくまでも婚姻の合意そのもの、つまり合意が交わされた時点において婚姻無効要因があったかどうかを追及するものなのです。また、後発性の病気や不貞、家庭生活を攪乱する情状それだけでは、婚姻の合意時の無効要因とはならないことに注意が必要です。もちろん、婚姻時点でそれらがどう働いていたかは重要な要素となり得ます。そのため、全ての請願が等しく受理され、また婚姻無効を肯定する判決が出されるとは限りません。
 なおカトリック教会は、未受洗者どうしの婚姻(自然婚)の絆の無効性を審議する権限を有しているとされているため、結婚を望む相手が未受洗者で離婚歴がある場合、前婚について審判をおこなうことになります。

2.信仰の擁護の為の婚姻の絆の解消制度
 婚姻の無効宣言が状況からして難しい場合、教会は、当事者の信仰生活を擁護する為に、魂の救いを理由として、婚姻の絆の解消の恩典を教会の権威者が与えるという道、行政的な措置を用意しています。制度的には古い順番から挙げると、@パウロの特権、A未完成婚、Bペトロの特権とも呼ばれた信仰の擁護に基づく婚姻の解消があります。これらは、教会においてその権限を持つ権威者が、申し立てられた婚姻の状況を精査した後、当事者の今後の生活における信仰の擁護の為に、前婚の絆から解かれてしかるべきと判断した場合、恩典として与えられるものです。この手続きは、現実的には、婚姻無効訴訟を扱う教会裁判所が、行政裁判所としてこの機能を果たすことが多くあります。

2.1 パウロの特権
 まずパウロの特権は、未受洗者同士の結婚(自然婚)の絆の解消に関するもので、もともと聖パウロが第1コリント書の7章で教えていることにその起源があります。この種の婚姻が国家法上破綻し離婚に至った場合、一方当事者が受洗しキリスト者として人生を歩む中で、新たに信仰者として結婚生活を送ることを望める状況がおとずれた際、信仰の擁護を目的として新たな教会での婚姻締結の際に前婚が解かれる可能性があります。ただし、受洗者の側が以前の配偶者に離別の原因を与えていたり、以前の配偶者が受洗者の信仰を認め平和裏に暮らす意思がある場合、また受洗する意志がある場合は当然適用ができませんので、単に受洗の事実だけではこの恩典は適法に与えられません。それゆえ管轄権を持つ教会の権威者は、代理人を通じてでも状況を精査し、恩典の付与が妥当である判断をし、決定を出さなければなりません。特に、相手方未受洗者の意思確認は恩典授与の有効性とされています。この権限は、地区裁治権者およびそこから委任された者に与えられています。

2.2 信仰の擁護(ペトロの特権)
 これは、教会裁判所の婚姻無効訴訟によって解決されない場合に用いられる解決策です。ケースとして幾つもの状況が考えられますが、代表的なものを挙げると、A)未受洗者と受洗者が教会で有効に婚姻を締結した後、その婚姻が破たんし、さらに受洗者が新たな婚姻締結をカトリック教会で望む場合、あるいはB)未受洗者同士の婚姻が破たんし教会裁判所から前婚無効宣言が出されなかった場合で当事者には受洗意思は無く、再婚相手がカトリックの信者である場合などが考えられます。 
 この恩典は、既に受洗している者の関係する婚姻を扱うため、裁治権者はあくまでも調査の役割のみを果たし、使徒座の教理省での審議を通じてローマ教皇から直に与えられます。パウロの特権と同様に、恩典を請願する当事者が、相手方に結婚生活破綻の原因をつくっていないか、次の結婚相手が前婚を破たんに導いていないか、新たな結婚生活においてカトリックの当事者が信仰を守ること、特に生まれてくる子供に洗礼および信仰教育を施すことを約束できるか相手方との間で確認、了解されていなければなりません。またカトリック信者がこの恩典で前婚を解消された次の結婚は、信仰の擁護という名称から分かるように、少なくとも受洗者との間で締結しなければなりません。

2.3 未完成婚
 教会は長い歴史を通じて、婚姻が締結された後に、適切な夫婦行為によって完成されていない場合、ローマ教皇の特権により、前婚を解消するという措置をおこなってきました。これは受洗者間の婚姻に対しても、また受洗者と未受洗者の婚姻に対しても適用されます。この手続きには、両当事者および証人による証言に加え、場合によっては医師などの専門家による鑑定も含めた状況証拠を得ることが必要とされます。この手続きは地区裁治権者を介して行われ、使徒座控訴院裁判所へ審議が委ねられ、ローマ教皇から直に恩典が付与されます。

3.別居許可申請
 教会は、婚姻当事者の別居許可を認める権限を有しています。精神的・身体的など様々な理由から自身の生活を保護するために、やむを得ず別居を決めるということがあります。教会は、婚姻が破たんしていなくとも、また破たんした後、婚姻無効宣言訴訟の際などにも夫婦の別居許可を認める措置をします。これは夫婦としての絆が民事上は解消されるにしても、教会法上はその事実だけでは解消されないため、夫婦としての義務から免除を与えるという意味を持っています。それゆえ、仮に民事上の離婚が成立していたとしても、この免除をもって信者としての生活を通常通りに送ることが質実共に可能とされます。もちろんこれは再婚の許可ではありません。離婚したが再婚せずに生活を送る信者については、聖体拝領の妨げになるものはありません。状況次第ですが、離婚の問題に関して自身の罪の告白と赦免を受けていることが求められるでしょう。

4.婚姻の有効化
 最後に、教会で挙式されていない民法上のみの婚姻、教会で挙式されたが無効性が疑われる婚姻は、自然な婚姻の合意が継続している場合、多くのケースでは後から適法なものとする法的措置が設けられています。これには単純な有効化というものと、根本的有効化の二つがあります。それぞれの細かな内容と規則については参考資料などで確認してください。

5.司牧者・教会共同体の配慮
 注意が必要なのは、上記の法律上の手続きは、不適法な婚姻を単に正常化するだけの手続きと考えるべきではないということです。つまり教会の法的な手続きは、あくまでも当事者の結婚生活が、教会の信仰からみて望ましいものとなるよう導き、信者が魂の救いに容易に至れるようにする為の手立ての一部だという事です。そして、法的な救済措置だけが教会の奉仕の全てではなく、信仰者としての当事者の救いのために、司牧者と教会共同体の協力も不可欠であるということも覚えておくべきです。いうなれば信者の結婚問題の責任は、教会裁判所の法務担当者のものではなく、もともと司牧者、教会共同体に属するものだということです。
 このことに関して、実務上、教会裁判所での奉仕において気づいている点を以下にまとめたいと思います。

5.1 司牧者・修道者・婚姻司牧担当者の役割
 教皇フランシスコは、使徒的勧告『愛のよろこび』の6章の中で、婚姻司牧は単に決まった回数の講義を婚約者に行うだけのものではなく、むしろ愛を育てるもの、自分の信仰を再発見するようなものでなければならないと教えています。結婚を考える信者に対する司牧者のかかわり方は、ただ単に教会の結婚の教義や規則、結婚式の式次第を講義するだけのものであってはならず、ましてや結婚の申込書や障害免除書にただサインするだけの「業務」であってはならないはずです。それは、まさに人格的な成長を促すものでなくてはならず、ときに婚約者の互いの理解の深まりを確認し、互いの人生観、物事の価値観や考え方、信仰の態度などを見つめ直し改めさせる機会を与えるような、非常に責任ある、しかし有意義な経験であるべきです。
 教会は、婚姻司牧は@結婚を考える遥か前からの遠い準備段階、A結婚を考え決めてからの近い準備、そして婚約後、B結婚を間近に控えた直前の段階という主に3段階の時期でなされるものだと教えています。そしてその司牧は、結婚後の夫婦の生活を配慮していくものであります。私たちは、ときに結婚の直前の準備だけが婚姻司牧で、あと他は自分の責任ではない、神父の仕事、シスターやカテキスタの仕事、裁判所の仕事と都合のよい考え違いをしていることがあります。自分が関わった信者の結婚が破たんしているにもかかわらず、当事者が悪いくらいのコメントをする随分無責任な司祭の言葉を裁判所で聴くことは決して珍しいことではありません。司祭は結婚式場のサービスマンではありません。また別の例として、ときに生真面目な修道者や信者によってなされる問題行動があります。教会で結婚していない民事上のみ結婚した信者あるいは同棲者など教会で結婚する気もない、準備も難しい信者を、無理矢理に教会で結婚させようとする、あるいは安易にそうしてしまう状況があります。秘跡を受ければ、この人はよくなるはずだと言わんばかりにそうしようとする、あまりにも浅薄で秘跡的恩恵の与え主に対する敬意を欠く「まじない的」信仰のなせる悲劇と呼べるものがあります。当然、このような状況での婚姻は脆く、破綻を来し易い典型と言えます。他の秘跡と同じように、信者を結婚に向けて良く準備する、準備させることは、単なる形式を整えること、感傷的な気分を煽ることではなく、心と生き方そのものをふさわしく真の愛、幸いへと向けることです。教会は、形式上有効に締結されていると判断される婚姻は、反証が挙げられるまでは有効であると推定する所謂「法の保護」を認めるため、もしこのような婚姻が行われた場合、裁判所の手続きは上述のように厳密に行われることになります。結婚当事者も、司牧責任者も、またカテキスタも、信者のカップルの状況を冷静にみて、教会での挙式を諦める、諦めさせる、延期させるなどの措置を適切な時期に行うことも重要です。
 また、教皇フランシスコの自発教令『寛容な裁判官、主イエス』は、婚姻無効訴訟や婚姻の解消を願う信者に関して、教会の司牧者、中でも司教、主任司祭そして婚姻司牧担当者、修道者、信徒が、それぞれの責任において適切に関わるよう教導しています。教皇フランシスコは、婚姻が破たんしたケースをもはや他人事のように司牧者が考えてはならないと諭した上で、いつくしみの心をもって受け入れ、まず時間をかけて話を聴くようにと教えています。このことからも、婚姻が破たんした信徒へのケア、特に結婚を準備してきた司牧者をはじめとする教会全体のサポートの精神、姿勢が強く求められています。

5.2 教会共同体の信者の役割
 個々の信者の信仰生活を見守り育てるのは、主任司祭だけの役割でなく、親、代父母を含めた教会共同体全体の責務です。結婚生活も同様です。時に教会では、結婚が破たんした信徒、教会外で結婚しあるいは単純に公然と同棲し教会で何ら措置をしない信徒、教会で結婚しその後法的司牧的措置をせずに教会外で再婚した信徒など、様々な規則外の信仰生活を送る人を見かけます。確かに教会の教えを知っているうえでそれに反する生活を公然としている人もいれば、信仰教育を受けずにいたために全くそれを知らない人もいるでしょう。やむを得ずそういう状況に追い込まれた人もいるかもしれません。教皇フランシスコの教えから明確に受け取るべきことは、そうした規則外の婚姻状態にある人を一律に悪人呼ばわりするかのように裁いてはいけないということでしょう。もちろん教会の道は一つで、信者は自分が信ずる神の教会が示す正しい道を歩まねばらならないのは当然です。しかし教皇の示す態度は、そうした状況にある信者仲間に対して、主の道に招き入れる努力をすべきだ、共に歩むいつくしみの態度を貫くべきだということです。教会を見ていると二つの態度があります。いっぽうは、教えに反している信者の後ろ指をさすような態度でいることで、もういっぽうは、何でもあり・何をしても赦されるという態度でいることです。いずれも教会の聖性を汚す態度と言えないでしょうか? 私たちは、兄弟姉妹の家庭生活についても、他人ではなく、適切な仕方で支え合うことをもっと心掛けるべきでしょう。


参考資料 
『カトリック教会における婚姻 ―司牧の課題と指針―』(2017年、教友社)