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宮崎カリタス修道女会はイエスの み心の愛に生き
み心の愛を伝える活動修道会です。
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1月27日(日)管区デー
2008年2月4日更新

さわやかな晴天の朝、10時よりサレジオ会日本管区長プッポ神父様司式によるミサで「管区デー」が始まりました。

カリタス会日本管区の一致と交わりの日であると共に、誓願宣立50周年・25周年を迎えた姉妹たちのお祝いと感謝の日でもあります。平成19年度の50周年者(金祝)は16名。25周年者(銀祝)は9名。

管区デーに先立ち、25周年者はイスラエル・ローマ・フランスのルルドなどの聖地巡礼に出かける恵みを受けました。日本帰国後は50周年者と共にカリタス会発祥の地、宮崎から大分・熊本・門司を巡り、創立者や初期の会員たちと共に過ごした50周年者の話を聞きながら、会の原点である彼らの生活の景色や匂い、思いを心と身体で感じて東京に戻ってきたのです。 







管区デーのミサ当日、50周年者は金のバラ、25周年者は銀のバラを胸につけ、自分自身と、これまでの修道生活を象徴する、50と書かれたろうそくと25と書かれたろうそくを灯して手に持ち、キリストの復活のろうそくを先頭に入堂。きっとひとりひとりの胸にさまざまな思い出と出会ったすべての人々のこと、大きな感謝と万感の思いが去来したことでしょう。

 ミサの中で、参加したすべてのシスターたちも小さなろうそくに火を灯して、はじめて誓願を立てた日のことを思い出しながら、これからもキリストに従う道をカリタス会員として忠実に歩むことを誓って皆で誓願文を読み上げ、誓願更新をしました。それから50周年者と25周年者は各自のろうそくを祭壇前に奉献し、合計24本ものろうそくは、これまでのシスター方の奉献生活を父である神が喜んで受けられたことを象徴するかのように明るく輝いていました。続く奉納では、パンとぶどう酒と共にカリタス会の規範である「会憲」と創立者の霊的遺産である「修道要理」、すべてを捧げ尽くしたシスター方の奉献の象徴として「香」を奉納しました。
 プッポ管区長様は「サレジオ会員のモットーの1つである『私がします。私が行きます。』ということを、いつまでも忘れないで下さい。難しさがあるでしょう。つらさがあるでしょう。先が見えないこともほとんどでしょう。でもそれでも『私がします。私が行きます。』と言ってください」とお話し下さり、いつも奮発に燃えていた聖ヨハネ・ボスコの精神と、その忠実な弟子であったカリタス会の創立者であるチマッティ神父様、カヴォリ神父様、そして創立者と共にあった初期のシスターたちの姿を思い出させてくださいました。  

感謝に満ちたミサが終了した後は、講堂にて近隣のシスターたち手作りのごちそうでお祝いの会食が始まりました。サンドイッチ・からあげ・エビフライ・お蕎麦・生春巻き・おこわ・ケーキなどなど沢山のご馳走が並びましたが、総勢210名ものシスター・志願者・修練者たちが集まりましたから、あっという間におなかの中へ。

 

食事の後はお祝いのアカデミア。まずは学生志願者による元気いっぱいの日本太鼓とチアリーダーの演技。たった9名とは思えないほどのパワーあふれる演技に大拍手。続いてスモールクワイアは「WINDING ROAD」と「遠い日の歌」の新曲2曲を披露し、とても素晴らしい歌声を贈ってくれました。また「遠い日の歌」の時にパワーポイントで50周年者と25周年者の若かりし日の写真や、昔のさまざまな写真が映し出され、みんな歓声をあげていました。

次は全員で練習してきた「輝け主の栄光」を踊りつきで披露しました。最後までとっても和気あいあいとした雰囲気の中で楽しく過ごし、本当に家族的な交わりと喜びを感じました。私たちにとって50周年・25周年を迎えたシスター方は、力強い生きた模範であり、彼女らの生き生きとした表情は力強い励ましです。それぞれにまた新たな一歩を踏み出す力をいただいた1日でした。 



プッポ管区長様は「サレジオ会員のモットーの1つである『私がします。私が行きます。』ということを、いつまでも忘れないで下さい。難しさがあるでしょう。つらさがあるでしょう。先が見えないこともほとんどでしょう。でもそれでも『私がします。私が行きます。』と言ってください」とお話し下さいました。






宮崎カリタス修道女会日本管区