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教えて!シスター

シスターの一日 

― 愛という深さを生きる一日 ―


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2015/2/24


 シスターたちは毎日、どんなことをして過ごしているのだろうと多くの人は考えているようです。現に、少し親しくなった方々からは、どういう生活をしているのですか?と聞かれることも少なくありません、詳しい過ごし方は次回の「シスターのお仕事」のテーマでお話したいと思いますので、今日はそのエッセンスだけをお話しようと思います。

私たちは朝、起きるとカトリック教会の伝統に従って『聖務日課』と呼ばれる公の祈りをします。この『聖務日課』の祈りを一日に何度か唱えます。この祈りを通して神様の時間を生きるという意味があります。もちろん公というのですから、内容とその唱え方が統一された教会の公式の祈りという意味があるのですが、この祈りは歴史的な背景もあり、それゆえ教会の歩みを支えた祈りということができますが、時を聖なるものにするつまり神様の時間にする祈りなのです。

昔から修道者はこの『聖務日課』の祈りに象徴されるように人間の存在、人間の働きを司る時間という次元を神様の次元にすることで時間を聖なるものにしてきました。つまり「時間は神様のもの」という意味です。したがってこの『聖務日課』は時課の祈りとも言われました。この祈りをすることによって、この時間を神様に捧げていくのです。
この教会の伝統にしたがって、私たちも時間を神様のものだと考えています。しかし具体的に神様のものとするというには、どういうことをいうのでしょうか?神様のものだから、自分のものじゃないから、何ができて、何ができないのでしょうか?
私たちは神様をこよなく愛してくださり、それゆえこの私の体を造り、私のすべてを守り育て、生かしてくださる方だと信じています。神様は私たちをいつも100%で愛してくださる方です。時間を神様のものにするとは、つまりその神様の愛色にばっちり染まることです。そのために私たちが神様の愛の道具になることです。

ところで、人が愛するとき、恋人同士が、また母親が子供を、夫婦が愛するとき、これは時間的な体験というよりも深さです。愛を実感するのはもちろん、その愛の歩みという意味では時間でもありますが、それより強烈な愛を自覚できるのはその深さゆえです。むしろ時間はその深さに奉仕する、その理解を助けるものです。すばらしい体験はその深さによって初めて実感できるからです。

私たちがこの時間を神様のものとして生きようとするとき、そこには神様との愛の体験、深さがあります。この時間を愛する神様のために、この時間を私の愛する友人、家族、会ったことはないけれど、祈りを必要としている人びとのために捧げるのです。この愛の思いの詰まった矢は時空を越えて人々の心に届くと信じます。神様は愛100%の方なので、神様と通じるためには愛という方法しかありません。私たちの神様は現世利益の神様ではなく、愛そのものの神です。この方と通じたければ、愛を悟り、愛を生き、愛を通して人々とかかわるという方法しかありません。

一日を終えるとき、私たちは今日一日、神様の愛に応えて人を愛しただろうか?とその道を思い返します。気がつくといただいたことのほうが多い毎日。『聖務日課』の祈りに刻まれる神様の時間を愛で満たした時間にすることが、私たちの一日の務めです。