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神の住まい

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エゼキエルの預言9章1~7、18~22節
マタイによる福音18章15~20節

旧約時代、神は神殿にのみ住まわれると考えられていたことがあった。
その神が、ご自分に背いてありと「あらゆる忌まわしいこと」を行う民に
罰を警告し、神殿を去るという預言をされた。
「主の栄光は神殿の敷居の上から出て、ケルビムの上にとどまった」とある。
神は場所に縛られない方であり、時間と空間を超えた方であることを民は
少しずつ学んでいく。

キリストは今日の福音の中で次のように言っている。
「二人または三人が私の名によって集まるところには、
私もその中にいるのである。」
神は建物に縛られる方ではなく、私たちが「心を一つにして」
祈るとき、そこにおられる。

しかも自分だけが救われることよりも、人とのかかわりの中で
ともに救われることを望まれる神である。
私たちが互いを思いやりながら共に生活することを願われる神なのだ。

だからこそ、問題が起きた時には何とかして和解にこぎつけるよう
教えてくださる。そのステップ1がこれだ。

「兄弟があなたに対して罪を犯したなら、行って二人だけのところで
忠告しなさい。」

普通何か悪いことをされたら、たいていの場合気を悪くし、
そのことで騒いだり、人に告げに行くのではないだろうか。

神はそれを望まない。愛と忍耐を持って行動できるよう祈っていきたい。

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