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2013年01月の記事は以下のとおりです。

院長・事業責任者研修会

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1月28日から30日にかけて院長と事業所の責任者のための研修会が行われ、福島から沖縄にわたって点在する各支部の会員たちが集い、リーダーとしての学びの時を過ごしました。

初日は2012年度の日本管区の活動が宣教・養成・共同体づくりの分野でどのように展開されてきたかの報告がなされました。午後は「3.11を忘れない」と題して、被災地でのボランティア活動の様子が描かれたDVDを視聴した後、カリタス会としてのオールジャパン支援をどのように行ってきたか各窓口担当者からの報告がなされました。そのあと、来る3月10日から2週間 本会が担当することになっている「シスターズ祈りのリレー」の過ごし方について、いろいろなアイデアを出し合いました。2日目は溝部司教様をお招きして、「カリタスの使命を協働者と共に生きるために」という講演をいただき、その後質疑応答やグループディスカッションを通してたくさんの気づきや照らしをいただきました。最終日は総長シスターアポリナリスの講話が行われ、共同体の責任者としてのあるべき姿についていろいろと考えさせられたり反省させられました。

この3日間の研修を通して院長、事業責任者たちは、明るいビジョンをもって、交わりと対話を大切にしながら託された会員たち、協働者たちとともに歩んでいく決意を新たにしたことでしょう。責任者というのは、時に人知れない苦悩と向き合っていかなければなりません。仕える者となってこの世に来られたキリストの姿に倣い、いただいたこの奉仕の務めを、喜びをもって果たしていくことができますように…。

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管区Day

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今日は250名もの会員が一堂に会し、総長シスターアポリナリス志村の霊名のお祝いと、修道誓願50周年、25周年を迎えたシスターたちを祝い、管区デーを喜びのうちにすごしました。
ミサの中でこれまで主と共に歩んできた道のりを思い起こし、いただいた召命の恵みに感謝の祈りを捧げました。25、50と刻まれたローソクの輝きはまさに、周りを照らしながら、自分を与えてきたシスターたちを象徴しているようでした。
ミサの後は共に食し、共に歌い、共に踊り、共に笑い、カリタス家族の宴の輪が広がりました。「あたりまえ体操」のカリタスバージョン「あたりまえカリタス」は本当に面白かったです!
これからも、神様への愛に忠実に生きていきたい。というより、むしろ神様の私たちへの忠実な愛に喜びをもって応えて行きたいとの決意を新たにした一日でした。

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聖パウロの回心劇

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使徒言行録9章1節~22節

今日は使徒聖パウロの回心を記念する日。
それで、福音ではなくパウロがどのように変えられたが
記されている今日の第一朗読について分かち合いたい。

人が回心するプロセスはさまざまだが、
大まかに分ければふた通りだと思う。
(このままの生き方ではいけない)と悶々としながら、
じわじわと回心するケース。
あるいは、何か大きな事件が起きて、
即座に生き方を変えるケースだ。

パウロは後者だった。
キリスト者の「男女を問わず縛り上げ」連行するために
旅をしていた道中、突然天からの光を受け、視力を失う。
そして天から声が聞こえた。

「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。」 

そんなバカな! 

パウロはただただ正義感に燃え、
自分がしていることは正しいことだと信じて、迫害していた。
生まれたときからユダヤ教の律法に忠実に生きてきた彼にとって、
神の子と名乗るイエスの教えを信じる人々は彼の目に
異教徒、異端者と映ったとしても不思議ではない。

視力を失った3日間、彼は何を思って過ごしたであろう。
(イエスという人物は、やはり我々が待ち望んでいる
メシアだったのか…。
だとしたら、自分は何ということをしていたのだろうか!)

この打ちひしがれた闇の体験があって、彼は新しく生まれ変わる。
持ち前の熱心さ、大胆さでもって、今度はキリストのために
命さえ惜しまない使徒に生まれ変わるのである。

神に選ばれた器、パウロ。
迫害も、困難も、無理解も、
神の計画の中ですべては善に変わっていくのかもしれない。

第3回若い会員たちの国際養成セミナー

 ファイル 16-1.jpg 宮崎(会の発祥の地)と東京において、第3回若い会員のための国際養成セミナーが行われました。ブラジルから1名、ボリビアから1名、韓国から8名、日本から5名の若い会員たち15名が参加し、共に恵みの時を過ごしました。共に会のカリスマについて学び、祈り、語り合い、食卓などを共にして喜びと感動を感じることができたことは、とても貴重な体験であり、カリタス会員としてのアイデンティティーを互いに深める良い機会となりました。カリタスの愛で満たされていたこの2週間。この交わりを通して得た大切な宝に感謝しつつ、神様によって呼び集められた私たち一人ひとりが、どの国においても、創立者や初期の会員たちが残してくださった大切な遺産を一つの心で生き、これからの奉献生活の中で味わいながら生き、伝えていくことができますように。

被災地ボランティアでの一日 その2

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今日は仮設住宅のお茶会に行ってまいりました。
午前10:00から午後4:00までで、15名ほどの方が集まったでしょうか。

午前中はお茶を飲みながら、住民の皆さんの和気あいあいとしたおしゃべりの輪の中に共にいながら、お茶やコーヒーをお出ししたり、お話を聞いたりしていました。いろいろな話題で盛り上がって話が尽きず、「こうやっていろんなことを言い合って笑うのが一番だね」と自治会長さん。

午後は外部からのボランティア3名による「吹き矢教室」が開催されました。10人が選手として参加し、はじめに個人戦、そのあとにペアを組んで団体戦。初めての私は全く駄目で、命中するどころか、的にも矢が届かない有様…。しかし、懇切丁寧な指導やアドバイス、皆さんの掛け声に励まされてめきめき上達し、団体戦では2位に輝きました! 

今回が6回目となるという「吹き矢教室」。みんな本当に楽しそうで、回を重ねるごとに互いのスキルアップを喜んでいる姿がほほえましいものでした。

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被災地ボランティアでの一日

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ブログ執筆者が“修道院の居間”から被災地のベースに来ている関係、
ブログが滞っております。あしからず。

今日はカリタスジャパン石巻ベースでの一日をご紹介したいと思います。
午前中はベース1階のサロンでお客様を待つ間、結構時間があったので、スタッフとボランティアさんにくす玉作りを伝授することができました。以前福島の仮設集会所で教えていただいた、それはそれは美しく、しかも簡単に覚えられるくす玉。5人で一つの合作ができました。

午後は東京からいらしゃった「いのちの電話」のスタッフさんたちによる布ぞうり教室が開催されました。以前からベースの窓ガラスに貼り紙でお知らせし、申込を受け付けていたそうですが、今日突然いらっしゃった方も数名あり大盛況でした。私も挑戦させていただき、時間の関係上もう一人のボランティアさんと一緒に右と左を作り、一足の草履が完成! すこしごわごわしていますが、何度か洗ううちに、足になじんでくるそうです。
草履作り自身も楽しそうでしたが、こういったイベントがなければなかなか出会うことのない方たちが久々の再会を喜び、おしゃべりに花が咲く場となっているんだなーと思いました。
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権威ある新しい教え

マルコ1章21-28節
イエスって本当にかっこいいなーと思う箇所の一つである。
「権威あるものとしてお教えになったからである」とある。
イエスの堂々とした姿は人々の心を打った。
この人は今までの先生たちとは違う!と。

その当時、律法学者たちは教えをほどこす時には
「~の中では、このように言われている」
「~の書では、次のように言われている」といろいろな書物や伝統、
昔の教師たちの教えに言及するのが常だった。
しかしイエスは違った。
「昔からこう言われていた。しかし、私は言う。」
この権威ある新しい教えに人々が希望と期待を感じ始めていた。

今年初めてのスモールクワイアコンサート

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今日はカトリック多摩教会でスモールクワイアのコンサートをさせていただきました。多摩教会は初めてとあって、皆さんも非常に期待して待っていてくださったようです。音楽活動を通して福音宣教をされる晴佐久神父様の姿勢に共感し、また昨年立ち上がったばかりでまだ軌道に乗るのが難しい武蔵野ダルクを応援するためにも、チャリティーコンサートをさせてくださいとお申し出させていただきました。

コンサート中、微動だにせず、心の耳で聞いてくださっている方々を前に、私たちも心と祈りを込めて歌いました。成人式を迎える方々もおられたので、「いのち」と「君は愛されるために生まれた」の2曲は特別にその若者たちのために歌いました。
私たちの歌を聴き、涙を流しておられる方々が大勢いらっしゃり、スモールクワイアという小さな道具を通して神様が働いてくださっていると実感することができました。
次回のコンサートは3月10日(日)、ここ管区本部で行う「被災者に思いを寄せる集い」です。3.11を忘れない努力を続けながら、被災者のために祈るひと時を共に過ごしませんか?
(詳細はスモールの活動予定でお確かめ下さい)

人の成功を喜ぶ

ヨハネ3章22-30節
今日登場した洗礼者ヨハネはイエスの親戚であり、
聖書によれば6か月先に世に生まれた。
イエスの到来を準備する最後の預言者として、
人々に回心を呼び掛け、ヨルダン川で洗礼を授けていた。
イエスもまたそのヨハネから洗礼を受けた。
&
そのイエスが今度は人々に洗礼を授けはじめ、
人々がイエスのもとに流れていくことを心配したヨハネの弟子たち。
人間的な考え方をすれば、ヨハネが嫉妬心をいだいたり、
いじけたりする理由となってもおかしくはなかった。
しかしヨハネは違った。
自分の使命をわきまえていた。
「あの方は栄え、私は衰えねばならない。」

自分より人が秀でていくとき、
自分より人が称賛を得ていくとき、
それを素直に喜べるだろうか。
ヨハネの謙虚さに倣いたいものだ。

イエスと皮膚病患者

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ルカ5章12-16節

今日の福音を読むと、イエスがどういう風に病人に
関わったかがわかる。

近づいてきて治してくれるようにと懇願する
重い皮膚病患者(今でいうハンセン氏病)に対し、
「手を差し伸べてその人に触れ」癒された。
神の子だったら、あえて触れることなく一言で癒せただろうに、
感染する危険をもいとわなかった。

福音書にはたびたびイエスが病人の上に手を置くシーンがある。
口のきけない人の口に自分の指をさしいれたり。
自分に触れてくれたというだけで、
どれほどの人の心が救われたであろう…。

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